<You shouldn't smile>
美希との交際が始まって1週間が経つある日
ミーティングルームでは普段と変わらず<ティアラ>のミーティングが行われていた。
「来週のライブの曲順だけど…」
プロデューサーが紙の束を見ながら説明している様を美希は嬉しそうに眺めていた。
「美希、ちゃんと聞いてるのか…?」
その視線に気付いたプロデューサーが美希に声を掛ける。
「ちゃんと聞いてるの!ハニーの声♪」
と嬉しそうに美希は答える。
「そうじゃなくてだな…まぁ、いいか。続けるぞ。」
やれやれと言った感じでプロデューサーが話しを続ける。
「『私はアイドル』、『ポジティブ』、『思い出をありがとう』、『蒼い鳥』、『エージェント夜を往く』。これで行こうと思うけどどうだろうか?」
そう言うとプロデューサーはまず千早の意見を求めた。
「特に問題があるようには思えません。ただ…」
千早は曲順を見つめて少し考え込んでいた。
「最後にダンスナンバーの『エージェント夜を往く』が来るのは何かお考えが?」
不思議そうに千早はプロデューサーの顔を覗きこんだ。
「うん、実は次の新曲はダンスナンバーで考えてるんだ。それでラストにダンスナンバーを持ってきた場合の観客の状態を少し見ておきたくてね」
「なるほど、最後にダンスナンバーが来るのであれば少し体力調整が必要ですね」
納得すると千早はスケジュール帳に何やらメモを残していた。
「ねぇねぇ、ハニー。新しい曲は何にするの?」
好奇心に満ちた瞳を輝かせながら美希が身を乗り出して来た。
「『relations』だよ」
「ホントーー!?ミキの大好きな曲だよっ!」
言い終える前に美希はプロデューサーに飛びついていた。
「こら!美希!離れろって…」
不意に抱きついてきた美希を振り払おうとプロデューサーはもがいていたが、その光景を見ていた千早が小さく笑い声を漏らした。
「フフフッ、交際を始めたと聞いた時は少し驚きましたが。今までと変わった様子も無いようですね、プロデューサー」
微笑みながら千早は言った。
「…何時も通りだったのかねぇ、これが」
「ミキはいつも通りだよっ♪」
「はぁ…頼むから外ではあまり無茶しないでくれよ、美希」
諦めたのかプロデューサーは美希の頭を撫でながら念を押した。
「わかってるの。外ではちゃんとプロデューサーさんて呼ぶ」
目を細めながら美希は嬉しそうに答えた。
「じゃ今日は解散だ。あ、そうそうちょっとこれからこっちの仕事が増えるから付いててやれないかもしれないけどスケジュール通りに頼むな」
「わかりました、プロデューサー」
「はーい、ハニー♪」
そう返事をすると二人はミーティングルームを後にした。
数日の間、プロデューサーは事務処理や他の仕事に追われていた。
<ティアラ>は順調にレッスンをこなしていた様でライブに向けての最終調整を残すのみとなっていた。
事務所での仕事を追え、煙草を吸っていると社長がプロデューサーを呼び出した。
「あの…何かご用でしょうか?」
「すまないが、ちょっと頼みたい仕事が出来てしまってね。どうしても君の目で視察してきてもらいたいんだ」
「現場の視察ですか。解りました。いつ頃になりますか?」
「うむ、今週末で決まっている。現場がその日しか開放してないそうだ。」
その話しを聞いた瞬間、プロデューサーの脳裏に妙な違和感が走った。
「今週末…?ち、ちょっとまってください」
パラパラとスケジュール帳を捲ると今週末の日付の部分には<ティアラ>ライブ本番と書いてあり赤ぺんで丸く囲まれていた。
「ティアラのライブは…?その日はティアラのライブがあるんですが!」
初めての事態にプロデューサーは焦りを隠せなかった。
「そうだったのか…しかし現場の視察は君に頼みたい。彼女らも一人前だ、代理のプロデューサーを立てて乗り越えてもらうしかないな…」
「そうですか…解りました。現場視察に行かせて頂きます。」
内心気が気でなかったが、プロデューサー自身も二人に対して絶対成功させてくれるだろうと言う自身があった。
そして、それを試してみる良い機会だと考えるようにした。
「すまないが、宜しく頼むよ!彼女達には私から話しをしておこう」
「はい、ありがとうございます」
それから数日後の夕方、ティアラの二人が事務所に駆け込んできた。
「プロデューサー、プロデューサーは?」
息が上がった様子で千早が声を上げる。
「ここにいるよ、千早」
コーヒーカップを片手に煙草を吸っていたプロデューサーはひょいと手を上げた。
「その様子だと今日聞いたみたいだね、とりあえずミーティングルームに行こうか」
ミーティングルームに二人を座らせるとその対面にプロデューサーは腰掛けた。
「プロデューサー。どう言う事です?ライブの日に代理のプロデューサーが来るって…」
「すまない」
そう言うとプロデューサーは深く頭を下げた。
「えっ…?」
土下座に近いような謝り方をするので二人は呆気に取られてしまった。
「どうしても避けられない仕事が出来てしまったんだ、それで今回に限り代理のプロデューサーを立てる事にした」
「そんなっ!代理のプロデューサーに何が解ると言うんです?」
常に冷静な千早が感情的になって話している事は口調から感じ取る事が出来た。
「プロデューサーが居ない状態でライブなんて考えられません。どうにかなりませんか?」
少し落ち着いたのか静かな口調で千早が言う。
「すまないけど、今はどうしようもない。」
実際現場に行ってみない事には何も答えようが無かった。
「有り得ないです、こんなこと。私達の事はどうでもいいんですか?」
「それは…」
「そんなことないよ!」
プロデューサーの言葉を遮って美希が口を開いた。
「そんなことあるわけないよ、絶対」
「…美希?」
「今でも。いつでもハニーは、<ティアラ>の事ちゃんと考えてるもん。信頼してくれてるもん」
絶対的な自信を持って美希は喋っていた。
「今回だけだよ。逆に見せてあげようよ!千早さん。<ティアラ>どれ位成長したのか、ね!?」
そう言うと美希はニッコリ微笑んだ。
「ふぅ…わかったわ。私達もプロデューサーに頼ってばかりではいけないし」
美希の言葉に半分諦めたかの様に千早は小さく溜息を吐いた。
「代理のプロデューサーが何か出来るとは思わないので、ある程度こちらで調整しても?」
「うん、細かい事は調整してもらって構わないよ。曲順とかはそのままでやってもらえれば」
「解りました。じゃあ早速少し考えてきますので、私はこれで」
そう言うと足早に千早はミーティングルームを後にした。
「ふぅ…美希、ありがとうな。助けてもらって」
その言葉を聞くと美希はプロデューサーの元に駆け寄って行き後ろから抱きついた。
「ミキ、ホントの事言っただけだもん。ハニーが見捨てるわけないもんねっ♪」
美希はプロデューサーの体温を感じると嬉しそうに答えた。
「大丈夫か?ライブ」
心配そうにプロデューサーが尋ねる。
「ちょっとだけ不安だよ。でも、ミキもどれだけ成長したのかハニーに見て貰いたいから頑張るよ!」
「そっか、頼むな」
美希の自信に溢れた言葉に安心すると同時になんだか少し寂しい感じがした。
またそれは二人の成長を喜ばしく思える物でもあった。
「ね、ハニー」
不意に美希が声を掛ける。
「ん?」
「ライブの日、お仕事が早く終わったら絶対見に来てね♪」
そう言うと美希はプロデューサーの頬にチュッとキスをした。
「なっ!?」
「アハハッ♪じゃあまたね♪」
恥ずかしさを笑顔で隠しながら美希もミーティングルームを後にした。
「…ったく」
特に緊張してる様子も無い美希の顔をみてプロデューサーは心から安心していた。
ライブ当日の朝
新しく出来るコンサート会場の視察にプロデューサーは来ていた。
中を案内された後、設計者や関係者等の説明会を聞いてる中でもプロデューサーはライブの事が頭から離れなかった。
(そろそろ始まってる頃だな…)
設備や機材の説明を受け自由に行動が出来るようになると要所要所を細かく見て回ると手早くメモをまとめる。
許される範囲でデジカメに外観や内装を収めるとライブの行われている会場に急いだ。
「ここからだと…早くてもラストの曲中かな…」
ライブのスケジュールを見ながらプロデューサーは時間と闘っていた。
(くそっ…電車ばかりは急がせようが無いからな…)
ライブ中に間に合うようにするには歩いている暇など無かった。
駅の改札口を出て停まっているタクシーを拾うと急いで会場に向かった。
(はぁ…ギリギリ間に合うか…?)
そんな事を考えつつスケジュール帳を広げて確認しているとタクシーが急ブレーキを掛けた。
「おわっ!?」
乱暴に停まったタクシーに体を揺さぶられ体を打ったプロデューサーは状況を確認しようと辺りを見渡した。
どうやら急に車線変更してきた車にタクシーが軽くぶつかってしまっている様だった。
「お客さんすいません。事故っちゃったみたいで…」
申し訳なさそうに運転手が声を掛ける。
「ですね…」
「すいませんが事故報告とかしなくちゃならないのでここで降りて頂けますか、お代は結構ですので…」
「はぁ…仕方ないですよね…」
渋々タクシーを降りて時計を見ると既に最後の曲が始まる時間だった。
「ついてないなぁ、もう!」
文句を言いながらもプロデューサーは走り出した。
会場は目の前に見えてはいるものの走って間に合うかどうかの距離だった。
(頼むぞ…間に合ってくれよ)
その頃、控え室で美希と千早は最後の休憩に入っていた
MCで少し時間は稼いでいたが余り伸ばし過ぎるのは逆効果になると思いなるべくスケジュール通りに進めるしかなかった。
「プロデューサー、まだ来れないみたいね…」
「そうだね…」
美希が寂しそうに返事をする。
そんな美希を見て心が苦しくなったが千早は美希に出番を告げた。
「今日の最後、締めくくりましょう。美希」
「うん…」
気の無い返事をした美希の頭を千早は軽く撫でた。
「千早さん…?」
「プロデューサーは来るんでしょ?美希が信じてれば、プロデューサーはそれにきっと応えてくれるわ」
そう言うと千早は美希の手を取った。
「さ、行きましょ。ファンが待ってるわ」
「うん!」
プロデューサーが会場の中に入ると『エージェント夜を往く』のフレーズが耳に入って来た。
(まずい…終わっちゃうな…)
関係者入り口まで来たが途中警備員に道を阻まれてしまう。
「プロデューサーです!<ティアラ>の!」
叫びながら通行証を見せる。
「え?でも…もうライブも終わりですし、プロデューサーさんは今朝いらっしゃいましたけど…」
といぶかしげに自分を見つめる警備員を睨みながらプロデューサーはまくしたてた。
「じゃあどっからでもいいから会場に入れてくれよ!」
「そんな事言われても…」
そんなやり取りをしていると騒ぎを聞きつけ誰かが会場からひょっこり顔を出した。
「なんの騒ぎです?」
「あっ!」
プロデューサーの思いが通じたのか顔を出したのはプロデューサーの良く知っている人物だった。
「善永さん!」
「あれ?プロデューサーさんこんな所で何してるんです?」
芸能関連の記者をしている善永はメモ帳をしまうとプロデューサーに駆け寄ってきた。
「ちょっと助けてもらえませんか?」
警備員を挟んで声を掛けるプロデューサーを見て事態を把握したのか善永はニコリと笑った。
「今度ティアラの独占取材させてくれるなら力を貸しますよ」
「善永さんなら願っても無いですよ!こちらからもお願いします!」
時間に追われていたプロデューサーは二つ返事でOKを出した。
「交渉成立っと…すみません」
と善永は警備員に声を掛けた。
「そちらの方、ティアラのプロデューサーで通行証も提示したかと思うんですけど何で通れないんでしょうか?」
と淡々と質問を始めた。
「それは…この時間ですからね…それにプロデューサーさんには今朝方お通り頂きましたし」
言い終えると同時に善永は口を開いた。
「ライブ終了間際だと当人のプロデューサーですら入れない、と。面白いですね。ではプレス関係なら良いのですね?問題はありませんよね?」
確認を取る善永に圧倒された警備員はしどろもどろに答えた。
「はぁ…ま、まぁ」
その答えを聞くと善永はプレス関係者用の通行証をプロデューサーに手渡した。
「ではこれで通してあげて下さい。予備がどうのこうのとかは言いっこ無しですよ?事を急ぐので目の前で渡しましたが通行証があっても通さないあなた方に問題があると思いますよ?」
その物言いは決して道理が通っている物ではなかったが警備員は渋々道をあけた。
「さ、急いでください!」
道があいたのを確認すると善永は踵を返して走り出した。
「ありがとう!善永さん」
続いてプロデューサーも走り出す。
「ここですよ!」
先導していた善永が扉を開けるとプロデューサーはそこに飛び込んだ。
燃やすわ 激しくっ!
フレーズが聞こえた途端、会場は暗転した。
(…間に合わなかったか)
肩で息をしていたプロデューサーはその瞬間にどっと疲れが押し寄せたかのように近くの壁に寄りかかった。
「すいません。私がもっと早く気付いていれば…」
申し訳なさそうに善永が話しかける。
「そんなことありませんよ」
そう言うとプロデューサーは満足そうに辺りを見渡した。
辺りは熱狂の渦に取り込まれたかのようにアンコールを求める声が延々と鳴り響いていた。
「これが見れただけでも良しとすべきでしょう!」
「そうですね」
控え室に戻った千早はスポーツ飲料で喉を潤していた。
結局プロデューサーがこれなかったという事に少し残念な気もしていたが会場を揺るがすアンコールの声に確かな成功を感じていた。
美希は何か落ち着かない様子で俯いていた。
「…美希」
いつもならプロデューサーが声を掛け、それに応える様に美希はプロデューサーに抱きついている筈だった。
「美希、ライブは成功したのよ?プロデューサーも解ってくれてるわ」
千早がそう声を掛けると美希は勢い良く千早に向き直った。
「来た!来たの!」
美希は興奮気味に千早に言葉を発した。
「美希落ち着いて。それだけじゃ解らないわ」
それを聞くと美希は今度は立ち上がって千早の手を取った。
「来たよ!ハニー!最後の最後だけど!ミキにはわかるの!記者さん達が入ってくるドアが開いて明るくなったの!絶対ハニーだよっ!」
そうまくし立てる美希に千早は再度落ち着くようにさとした。
「美希落ち着いて!飲み物が零れたじゃない。確認したわけではないのでしょ?」
「む〜っ。でもでもっ!絶対ハニーなの!ね、千早さん」
千早は少し身構えた。
美希が何かお願いする時は必ずと言って良い程「ね、」が付くからだ。
「なぁに?」
「アンコール、応えちゃおうよ!」
美希は悪戯っぽく微笑んだ。
「何を言い出すのかと思えば…そんな事だろうと思ったわ」
そう言いながらも千早もまんざらではない様子だった。
「プロデューサーも細かな事は調整しても良いって言ってたし…ちょっとバンドとかに聞いてくるわね」
「ミキも行くっ!」
そう言って二人は控え室を飛び出した。
鳴り止まないアンコールを聞きながらプロデューサーはティアラの見事なまでの成功を実感していた。
「よくやったな。二人とも」
いつもは控え室の前で聞いていたこのアンコールも熱気にまみれた観客席で聞くと実感は更に強く感じられた。
これだけのファンを集めた事もそうだったし、そのファンをこれだけ熱狂させる二人の才能と成長を誇らしく思った。
「あ〜ぁ、なんか寂しい感じがするな」
「どうしました?」
聞いていた善永が聞き返す。
「いや、俺が側に居なくてもやっていけるようになってしまったなぁと思うと。少し寂しいなって…」
少し照れながらプロデューサーは答えた。
「娘を嫁に出す、父親の心境みたいなもんですかねぇ」
微笑みながら善永も言った。
「そうですね、じゃあそろそろ行きましょうか。俺は二人を迎えに行かないと」
そう言うと善永は笑いながら答えた。
「子離れ出来そうにないですね、プロデューサーさんも」
二人が会場を出ようとした刹那、会場のスピーカーが鳴り出した。
「しょーがないなぁ♪」
その声と同時に会場中から歓声が沸き起こった。
「…は?」
不意にスピーカーから聞こえ出した美希の声に二人は会場を出る事を忘れてしまっていた。
「今日だけ!1曲アンコールに応えちゃうからねっ!今行くから待っててねっ♪」
そう言い残すと暗転の中、既にバンドの方は準備を整えていたらしく音楽が流れ始めた。
「『エージェント夜を往く』か…」
前奏の流れてる間にティアラの二人が手を振りながらフェードインしてくる。
「最後の最後です!楽しんで行ってください!」
「『エージェント夜を往く』いくよ〜っ!」
そんな二人を見てプロデューサーは内心震える程の嬉しさを感じていた。
「はは、あいつらっ!」
眠れない夜 この身を苛(さいな)む煩悩
焦燥感 耐えられないなら
アンダーグラウンドのサービスを呼ぶの
どんな時も万全に応えられる
その名はエージェント
恋と欲望 もてあそぶ詐欺師
貴方に 委ねる 秘密の うちわけ
情熱 快楽(けらく)の 解放 待ち望む
そうよ 乱れる悦びをーっ♪
サビの部分を迎えると会場が揺れるほどの歓声が巻き起こる。
もっと 高めて果てなく 心の奥まで
貴方だけが使える テクニックで
溶かしつくして
本能 渦巻く最中に 堕ちてくトキメキ
今宵だけの夢
踊るわ 激しく
間奏に入ると不意にプロデューサーは美希と目が合った事に驚きを隠せなかった。
「…えっ?」
その瞬間、美希はいつもの様にプロデューサーに微笑みかけた。
すぐにでも「ハニーっ!」と飛びついてきそうな位の満面の笑顔だった。
「フッ…ばか。この歌であんなに微笑むパートがあるか」
苦笑いしながらも美希が自分が入って来たことを見つけてくれていた事が心底嬉しかった。
もっと 高めて果てなく 心の奥まで
貴方だけが使える テクニックで
溶かしつくして
本能 渦巻く最中に 墜ちてくトキメキ
今宵だけの夢
踊るわ 激しく
望みの 限りに
燃やすわ 激しくっ♪
曲が終わると再び会場は暗転し今度こそ本当の閉会を告げる。
「善永さん、詳細はまた今度ってことで!」
それだけを言い残すとプロデューサーは控え室に走っていった。
「おやおや、大変ですねぇ」
笑顔で呟きながら善永は会場を後にした。
勢い良く控え室のドアを開けると千早と美希は飲み物を手にしていた。
そしてテーブルの上には炭酸飲料の入った紙コップがもう一つ置かれていた。
「遅いの、ハニー♪」
「早くコップを持って下さい」
はやし立てられてコップを持つ。
「では、今回のライブの大成功と」
「ティアラの大成長を祝して♪」
「かんぱ〜いっ!」
「かんぱ〜いっ!」
「かんぱ〜いっ!」
ライブのおかげですっかり忘れていた喉の渇きを一気に潤す。
「はーっ!生き返ったぁ」
一息ついた所で美希が抱きついてきた。
「お疲れ様なの、ハニーっ♪」
「お疲れ様、美希。千早もお疲れ様、遅れてすまなかったな」
「いいえ、私は何も」
そう言うと千早は微笑んだ。
「プロデューサーを見つけたのは美希、アンコールをしようと言い出したのも美希。それを手伝っただけですから」
「その手伝いがプロデューサーの仕事なんだよ。俺が居ればもっと歌に集中出来たろうに。」
「いいえ。良くわかりました。プロデューサーが今までどれ程私達の意見を上手くまとめて立ち回ってくれていたのか」
「良く頑張ったよ、ほんと。美希も良く頑張ったな」
美希の頭を撫でてると、美希が不意に顔を上げた。
「会場どうだった?ダンスナンバー盛り上がってたよね!?」
美希はどうやら新曲が気になっているようだった。
「うん、大成功だったな。次は『relations』をだそうか!」
美希の問いにプロデューサーがそう応えると美希は嬉しそうにプロデューサーの胸に顔を埋めた。
「やたっ!ハニー、だーい好き♪」
やれやれと言った感じでプロデューサーが口を開く。
「でも美希『エージェント夜を往く』で微笑んじゃ駄目だぞ?ちょっとアブナイ感じの歌詞なんだから」
「えーっ。だってぇ…」
美希はプロデューサーの匂いを感じるようにすぅーっと息を吸い込むと幸せそうに溜息を吐いた。
「あんな何万人も居る中でハニーを見つけられて、嬉しかったんだもん♪」
特に照れくさそうにする様子も無く美希は答えた。
「…あの、私出てましょうか?」
「…い、いやいいよ。千早」
逆にプロデューサーと千早が恥ずかしくて赤面してしまう。
「と、とにかく…今後は駄目だぞ。今後はちゃんと俺も裏で見てるからな」
そう言うと美希を少しだけ抱き締めた。
「よし!じゃあ俺は外に出てるから二人は着替えておいで。一旦事務所に帰ろう」
着替えを済ませバスで事務所に帰るとプロデューサーは現場視察の報告を社長に済ませすぐに二人の元に戻ってきた。
「新しいホールは良かったぞ。あそこの1回目でやらせて貰えないものかな?」
「新しいホールで新曲を歌えるとなるとテンションもあがりますね」
と千早は嬉しそうに言った。
「ハニーそうしようよ!新曲そこで初めてのホールで初公開しよっ!」
美希も身を乗り出して賛同した。
「よし、あと1ヶ月半位かかるらしいからそうできるように声掛けてみるよ」
「うん!お願いね!」
「うん、じゃあ今日はお疲れ様!調子も良いみたいだから2日間お休みにするから体調を整えてくれ」
「わかりました。では、寄る所がありますので私はお先に失礼します」
そう言うと千早は足早にミーティングルームを後にした。
「美希は帰らないのか?」
席を立たない美希にプロデューサーが尋ねた。
「ハニー、この後は?」
美希は質問を質問で返した。
「少し、仕事を片付けたら帰るけど…一緒に帰るか?」
その言葉を期待していたのか急に美希の顔が明るくなる。
「うん!一緒にかえろっ♪」
「じゃ、ちょっと待っててくれな。パパッと済ませてくるから」
言うとプロデューサーは自分のデスクに戻っていった。
「お待たせ」
伝票の整理をしただけだったので美希が思うよりも早くプロデューサーは戻ってきた。
一緒に帰る事は稀だったので他愛の無い会話でもあっという間に時間が過ぎてしまったように思えるくらい二人にとって新鮮なものでもあった。
色んな話しを笑顔を絶やさず一生懸命話してくれる美希をプロデューサーは愛しく思った。
(あんなに人が居たのにこの子は俺だけを探してくれたんだよな…)
そう思うほどにプロデューサーは自分の中の美希の存在が前よりも遥かに可愛らしくなっている事を改めて実感していた。
「でねぇ…ったんだよぉ♪アハハッ♪」
隣で美希は無邪気に微笑んでいた。
自分と一緒に帰る事だけでもこれだけ嬉しく思ってくれている。
それだけでも十分に幸せだった。
ふと立ち止まるプロデューサーを見て美希は声を掛けた?
「どしたの?ハニー」
「手、つなごうか?」
不意にそんな事を言われ一瞬驚いたが願っても無い申し出に美希は喜んだ。
「うんっ♪はいっ!」
美希が右手を差し出すとプロデューサーは左手で美希の手を掴んだ。
「む〜っ!ちがうの!」
そう言うと美希は手をプロデューサーの手を広げている。
「…ん?」
何が違うのか解らないプロデューサーは美希になされるがままにしていると美希は指の間に指を絡めていた。
「こうなの♪」
美希は満足そうに繋いだ手を見ている。
「どう違うんだ…?」
「あのね、普通に繋ぐのは『友達繋ぎ』って言うの。これは『恋人繋ぎ』♪」
フフンと自慢げに語る美希が堪らなく可愛く見えた。
「あ、ハニー!ちょっとだけ海見ていこうよ」
不意に美希が手を引っ張り出した。
海に面した公園にはイルミネーションの飾られた船があり、ちょっとした夜景スポットにもなっていた。
「キレイだねぇ」
海の潮風に髪を揺らしながら美希がそう呟くと中学生とは思えない程の魅力をプロデューサーは感じていた。
「そうだなぁ、あんまりこう言う機会無かったもんな」
海を見ながらそう呟くと美希は繋いだ手を少し強く握った。
「トップに立てて、好きな人が側に居ると全然見た目も変わるんだね♪」
「そうなのか?」
「うん。デビューする前にもここは来た事があるの。あの時はただボーっと静かだなぁって思ってた」
懐かしむ様に美希が微笑む。
「でも今は違うの。ハニーが側に居てくれるだけでも幸せっ♪一緒に来られただけで世界が変わったみたいなの」
「気に入ったのなら少しここでゆっくりしようか?俺も美希ともう少し一緒に居たいし」
「うん、ハニーありがと♪」
「じゃあ飲み物買って来るな」
近くの自販機で飲み物を買うと一つを美希に渡し、プロデューサーは煙草に火を点けた。
少し離れて見る美希は夜景の所為か少し大人びて見えた。
煙草を吸い終え再び美希の側に寄ると美希はくるりとプロデューサーの方に向き直った。
「ね、ハニー」
その声はいつもの様に元気があると言うよりは少し大人しく聞こえた。
「どうした?」
「ミキ、色っぽい?」
不意にそんな事を聞かれプロデューサーは返答に困った。
「色…っぽい、けど…」
「ホント?」
確認する美希にプロデューサーは今度はハッキリ答えた。
「色っぽいよ。困るくらいね」
「アハ♪やったね♪」
少しはしゃぐ美希をプロデューサーは堪らず抱き締めた。
「もっと…ギュッてして…」
応える様に抱き締める腕に力を入れる。
「うん♪ありがとう、ハニー」
そう言うと美希もプロデューサーに腕を回した。
「ね、ハニー?」
瞳を閉じたまま美希は尋ねた。
「ミキ今日のライブがんばったよ」
「うん、良く頑張ったな」
「すっごくがんばったよ。だからお願い聞いてくれてもいいって思うな」
「なんだろう?言ってご覧」
プロデューサーがそう言うと美希はプロデューサーの顔を見上げた。
「ハニーの手で、ちょっとだけミキを大人にして欲しいの…」
美希の言う事が余りにも抽象的過ぎた所為もありプロデューサーは聞きなおした。
「お、大人にって言うのは…?」
言ってどぎまぎしているプロデューサーの目を見つめながら美希は言いなおした。
「キス…して欲しいの」
そう呟くと美希は瞳を閉じた。
初めての事に美希の胸は高鳴っていた。
瞳を閉じていてもプロデューサーの顔が近づいてくる気配は感じ取れた。
プロデューサーの吐息が唇をなぞると、程なくして美希の唇に温かく柔らかい感触が触れていた。
「ん…」
初めてのキスは、初めてテレビ出演した時よりももっと緊張したが、もっと気持ちの良いものだった。
口づけていた時間はきっとほんの一瞬だったんだろう。
でもその一瞬は美希の生きて来た中で最も大切な一時になった。
プロデューサーの唇が離れてものぼせた様に頭の中が真っ白になったまま美希はプロデューサーの顔を見つめていた。
「…美希?」
ボーっとしたまま動かない美希にプロデューサーが声を掛ける。
聞こえなかったのか美希はしばらく動かなかったが急に顔をプロデューサーの胸に押し付けた。
「う〜っ♪」
「ど、どうした?」
押し付けていた顔をゆっくり離して一度嬉しそうに微笑むと少し悪戯っぽい顔をした。
「クスッ。…今、この気持ちを敢えて言葉にするなら『しあわせ』かな♪」
『思い出をありがとう』の台詞をもじって今の気持ちを伝える。
「フッ、ばか」
ポンポンと美希の頭を撫でるとプロデューサーは美希の手を握った。
「これで…いいんだよな?」
今度はちゃんと指を絡めて手を繋ぐ。
「うん♪」
美希は満足そうに頷いた。
「じゃあ帰ろうか?また忙しくなるぞ!」
「大丈夫!ハニーと一緒ならミキ何だって出来るよ!」
「期待してるぞ!」